〈個〉と〈類〉

  • 2016.03.31 Thursday
  • 18:50

「現在では、龍は死にたえたと考えている人もいる。だが、実際にはまだ生きている。人が生きているかぎり、龍が死にたえることはないのである。
 では、どこにいけばみつかるのだろうか?
 答えは簡単である。
 龍は暗闇に住んでいる。だから、暗闇におりていけば、龍はみつかる。
 ところで、龍の数だが、古い文書にはこうある。
 “龍は一頭しか存在しない。だが、同時に人間の数だけいる。”
 残念ながら、わたしには、この意味をあきらかにすることはできない。」
(『龍使いのキアス』浜たかや 偕成社 1997年)
 
 浜たかやの壮大なファンタジー作品『龍使いのキアス』は、〈龍〉を呼び出すことで一つの民族のコスモロジーを蘇生させる物語ですが、その試みは、見習い巫女キアスのイニシエーションの“失敗”に端を発し、人と民族の重層的な〈闇〉をくぐり抜けることで、ついには世界を修復し、己れ自身のイニシエーションの意味に辿り着くまでの、キアスが担わされた試練の旅路のドラマです。
 その年に十五歳になる見習い巫女は、〈呼び出し〉という儀式によって一人前になります。太鼓の音に招かれた風の中で草原を舞う見習い巫女たちは、次々と〈呼び出し〉を受けてその本来の姿に変身してゆきます。鹿や鳥や花など、それぞれの本来の姿に呼び出されて〈変身〉できた者は一人前と認められ、変身できなかった者と、元の巫女の姿に戻れなかった者は、神殿から追放されてしまいます。
 周りの凡庸な巫女たちになじめないキアスの偏りを帯びたプライドは、己れが何かしら特異な能力をもつ偉大なもの、もしかしたら〈龍〉に呼び出されるのではないかと期待していたのですが、案に相違してキアスはキアスのままでした。
 神殿を追われたキアスの旅は、己れの本来の姿を捜し求める旅であり、同時に、この世界からある偉大な力が失われた謎を解き明かす旅でもあります。
 
 冒頭の引用は、舞台となっているモール地方の大巫女ナイヤによって書かれた文書という体裁をとることで、作者が〈龍〉の象徴性を簡潔に表現してみせた箇所です。
 短いけれども架空の神話としての体裁が象徴性を高めているせいで、私たちの〈生〉の困難の本質がどこにあるのかを無駄なく言い得ており、一篇のエピグラムのような趣きがあります。

 実際にはまだ生きている〈龍〉を、私たちは「死にたえた」と考えている。あるいは、〈龍〉が生きているとわかっていても、「暗闇」におりていくことができないでいる。だから、〈龍〉を見つけることができない。そして、“龍は一頭しか存在しない。だが、同時に人間の数だけいる。”という言葉の意味を、「大巫女」と呼ばれたナイヤもすでに、あきらかにすることはできなくなっていた。
 世界のこの〈いびつさ〉の構造は、〈近代〉によって私たちの魂が迷走するようになって久しいありさまを、端的にシンボライズしていると言えましょう。
“龍は一頭しか存在しない。だが、同時に人間の数だけいる。”
つまりここには、私たちの〈個〉と〈類〉のあり方をめぐるアポリアをふわっと超えてしまうまなざしが描かれているのですが、ただこのまなざしを持つという、それだけのことが出来なくて、私たちは自他や世界との関係を苦しみ続けているのだと言うこともできるでしょう。
 
『龍使いのキアス』には、〈龍〉を呼び出す呪法“ラマラ”と、他人の夢の中に入る呪法“リシ”がある、と述べられています。昔はリシもラマラも使える巫女がおおぜいいたけれど、今はいなくなってしまったのだ、とも。いずれも、使い方をまちがえれば不幸になるかもしれない、きわどい力なのだと。
 個々人の存在の根としての〈龍〉からはぐれたときに、人の夢は、その欠落を補うためのイメージを噴出させると考えるならば、リシという呪法は、他者の夢に入り込んで存在の根との関係を修復する技であり、そのような欠落が〈類〉として生じ、修復が必要になった文明への療法がラマラであろうとイメージすることが出来そうです。
 
〈現在〉の諸々の病理や、己れ自身の生き難さについて想うとき、いつもこの二つの呪法に相当するようなアプローチによって超えなければならないアポリアに直面させられていると感じられます。
 人がどのように他者と向き合うのか、どのように老いて死を迎えるのか、いかにして己れが己れであることに満ち足りるのか、どうすればこの世界を意味のあるものとして感受し、深く息づくことができるのか。
 どんな現場においても、どんな関係性の中で生きていようとも、日々のささやかな、あるいは深刻な生き難さには、己れの〈生〉の根拠の得体のしれない不明瞭さと底浅さの感触がつきまとっているようにおもわれます。いわば〈龍〉が死に絶えたと考える世界観の中で、非常に底浅いものを根拠に、私たちは虚無と我欲に翻弄されながら関係を病んでしまいます。
 “ラマラ”も“リシ”も使わずに幸せになれるのなら、それにこしたことはないのですが、〈現在〉は、孤独な偏りをもつ表現者でなくとも、つまりファンタジーにおける「巫女」のような立ち位置でなくとも、この〈龍〉の気配を触知して己れの〈生〉を意味づけるのでなければほんとうの自分に出会えない時代なのではないかという気がいたします。
 私たちは皆、十五歳の巫女と同じイニシエーションを課せられている、そんな感触が〈現在〉という時代の生き難さのど真ん中にあるようにおもわれるのです。
 自分は何者であり得るのだろう。
 何に〈呼び出し〉を受けるのだろう。
〈呼び出し〉を受け損なったら、この世界から放逐されてしまうのではないか。
 しかもその〈呼び出し〉が、ヴァーチャルなまがいものからの〈呼び出し〉であったとしたら。間違った姿を自分の本来の姿だと思い込むことで、狭い碁盤の目の上から落ちないでいるにしても、いつしか碁盤ごと、とんでもない場所に迷い込んでしまうとしたら。
 そんな切迫した混迷の様相が、若者のみならず、あらゆる世代を覆っているようにおもわれます。
 
 さまざまな現場の息苦しさ、生き難さに触れるたび、“実際にはまだ生きている”〈龍〉の息づかいを、「暗闇」に探り当てる叡智そして縁をと、祈るようなおもいです。



 





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〈闇〉の居場所〜中里介山の場合〜

  • 2015.11.30 Monday
  • 14:57

「笛吹川」という小説に遭遇しました。
原稿用紙にして十枚にも満たないであろうと思われる掌編というべきものですが、久々に底知れない〈闇〉の深さを感じさせる作品に出会った気が致しました。
 
 作者は中里介山。あの『大菩薩峠』という長編時代小説の作者です。
 明治十八年生まれの中里介山が、大正二年から都新聞に連載を始め、昭和十六年まで、三十年近くにわたって書き続けられた大長編ですが、主人公の剣客・机竜之助が、無意味に人を斬り、あるいは破滅させ、関わる者を次々とその業に巻き込みながら幕末という時代をさまよい続ける、タナトスに魅入られた魂の遍歴の物語であり、ついに未完のまま、作者は昭和十九年に亡くなっています。
 戦後(昭和35年・36年)に製作された、市川雷蔵の妖気あふれる演技による映像作品が、原作の〈闇〉の深さを表現し得てこれも見事です。
 原作の舞台となる時代が慶応三年で未完となったことも象徴的で、明治維新というものをあくまで認めたくなかった作者の暗い情念を感じさせます。登場人物たちは慶応三年のカオスの中に放たれたまま、幕末以降現代に至るまで居場所の与えられない〈闇〉のかたちについて私たちに問いかけているかのようです。
 
「笛吹川」は、中里介山が弱冠二十歳の明治三十八年に「火鞭」という雑誌に発表した小説であり、語り手が甲信の連山を望みつつ遡った笛吹川のほとりの村で、「瀧」を祀る祭礼に遭遇した際の逸話という形式をとっています。壮烈な「瀧」の威容と、その瀧にまつわる哀切な悲恋の融け入る〈闇〉の深さが、潔い文体で鮮烈に描かれます。
 
「水勢肥え溢れる様な丈餘の大瀧。前山の断崖を劈(つんざい)て奔下しそれが斜に流れて、すぐ我脚下なる、方一町ばかりの大洞穴の中に大巴小巴を捲きつゝ流れ込むのである。あゝ怖るべき此の大洞穴! 鬱然たる深山木(みやまぎ)はその四辺を蔽ふて洞内夜よりも暗く、蛟龍(こうりゅう)珠を得て驕ると云つた様な水の流は一種凄烈の気を放ちつゝ悠々として底知れぬ洞穴に捲き込む。捲き込むと共に、はじめ白かつた水は青くなり、青かつた水は黒くなつた。黒くなり遂に白光を帯びて来た。白光を帯ぶるや否や膓(はらわた)の底から人を戦慄せしむる様な凄絶な唸聲が耳を貫いて起るのである。
 汝我に来れと死の神より招かれた様な言ふべからざる恐怖に打たれて自分は石像の如く深淵を眺めて立盡した。」(「笛吹川」より 『明治文学全集83』所収:筑摩書房刊 旧漢字は適宜新漢字に改めた)
 
 我に返った語り手の前に、白装束の一隊が神輿(みこし)をかかげて進んできます。神輿の中には、熨斗(のし)をかけ水引で結んだ重箱が一組。神主とおぼしき人物に尋ねれば、「お鮨(すし)様」の祭礼であるといい、謂(いわ)れを語り始めます。
 この瀧の大洞穴は「釜」と呼ばれ、その「釜の主神(ぬし)」にお礼のため、毎晩笛を吹きに来る美少年が居た、と。名を権三という鮨屋の息子。父も亡くし長患いの母一人子一人、その母のために商いをしているのですが、毎朝川下で鮎を捕ってそれでお鮨を作って湯治場へ売りに行く。その鮎が、毎朝決まった数だけ「ウケ」の中に入っていて、しかも作っただけのお鮨が必ず売り切れる。母が言うには、「釜の主神様」のお蔭だから、お礼をしなくちゃいけない、と。少年にできることといえば、生まれた時から肌身離さぬ横笛を吹いて差し上げることくらい。一日でもこの笛を吹かない日があれば間違いなく死んでしまう、というほど少年の愛した横笛の音を聞けば、泣かぬ村人はいない。その横笛を、毎晩釜の主神のために吹きにくるのだという。瀧の前で権三の語るのを聞いた村の豪家の娘、雪子は胸打たれ、ふたりが月下に相擁して泣いた六月の十三夜。その夜以来、「釜の主神」のために吹いていた笛は、少年が恋人を呼ぶべき笛と変じたのですが、そのことを、嫉妬深き「釜の主神」は怒ったのだというのです。
 その怒りを鎮めるために、雪子に白羽の矢が立ちます。人身御供に捧げねば、笛吹川沿岸五十八箇村は大旱魃にあうと。
 白無垢に身を包み白馬に負われ、従容として雪子が深淵に呑まれたその刹那、駆けつけた権三は「生れて以来腰を放さぬ横笛を抜くより早く淵に投じて渦に弄ばれつゝ沈み行く有様を快げに眺むること霎時(しばし)、やがて我と身を跳らして狂瀾の中に美人の跡を追ふた」のが時あたかもふたりが出会って一年後の十三夜。
 以来、供養のために、毎年六月十三夜、お鮨をこの釜の中へ供えるのだが、そのお重が水引をかけたまま川下へ流れ寄り、中のお鮨だけは無いのだと、神主の語りでこの小説は終わっています。
 
 この掌編が象徴しているものは、人身御供で災害を防ごうとする前近代の共同体の蒙昧さでもなく、前近代的蒙昧さに潰された近代的な恋愛の末路でもなく、前近代と近代といった線引きさえ空しく感じさせるような、土俗の〈闇〉の底知れなさであると感ぜられます。
 前近代においても、その共同体の〈類〉的な心性から反り返ってしまう〈個〉の魂は存在していたでしょうし、近代においても、分断された〈個〉を溢れる〈類〉的な渇望が歴史を揺さぶったのでありますが、この小説は、そのような葛藤を、個人か共同体かというレベルで描くのではなく、そのいずれをも凌駕する圧倒的な〈闇〉のドラマとしておそるべき簡潔さと妖気で描き出しています。
 少年が吹く笛は、〈個〉の哀しみを解き放つ笛であり、〈類〉によっては癒され切ることのない魂の哀切さが聞くものを泣かせ、「一人で吹いちやあ一人で泣け終(ちま)うんです」と少年が語るように、誰よりも己れ自身を癒すための表現でした。その表現を、「瀧」の主神は加護の「礼」として受け入れていたのですが、少年の笛が一人の美女のために吹かれるようになることを主神は許さなかった。共同体の因習という装置を借りて主神が美女を呑み込み、少年を呑み込んでしまう結末は、民の蒙昧さなどに帰することのできるものではなく、次元の異なる凄絶な〈闇〉のありかたを感じさせます。凄絶ではあるけれども、現世的な〈類〉に融け切れないふたりの魂の故郷のようにも感じさせるものがある。
 このエピソードそのものは、その土地に伝わる民潭に取材したものであったかもしれませんが、作者は、単なる「言い伝え」を書きとどめたかったのではなく、前近代的な信仰の対象としての「釜の主神」の威力を描きたかったのでもなかったでしょう。そのような共同幻想のお膳立てをぬきにしても、「瀧」に備わった〈闇〉の意志、作者が譬えるところの〈龍〉の気配に人は震撼するのだと、冒頭の「洋服扮装(すがた)」の語り手による「瀧」の描写は告げています。
 ここで描かれる少年の「笛」に託された表現も、悲恋も、「瀧」の神秘も、共同体社会といった現実的なシステムなどではくくり切ることのできない深い〈闇〉に存在の根拠を持っていて、登場人物がその〈闇〉に肌身を触れて生きて死ぬ様が、私たちの生存感覚を揺さぶります。現在の私たちの誰が、これほどの生の根拠の深さを得て日々を呼吸できているだろうか、と。
 瀧に笛を投げ入れた少年が快げに笛のゆくえを眺めて己れもまた瀧に身を投じたのは、前近代的な因習の犠牲となった美女に殉じたのではなく、己れの〈個〉の表現と恋の至純とを、「瀧」の主神になら捧げてよしとする快さだったのであろうかとおもわれます。
 
『大菩薩峠』という大長編を貫くのもおそらく、幕末以来迷子になっている、このような生の根拠の深さの手触りへの飢渇なのであり、連載が開始された大正二年から昭和にかけて人々の生存感覚の根が一層衰弱し、いよいよ追いつめられていった〈闇〉が迷走し、暴発する姿であったでしょう。
 世間にも社会にも国家にも生きるための究極の根拠をおかず、それらから派生するもろもろの観念に魂を回収させないことが、今も私たちの巨大な困難であり続けているのであり、机竜之助というキャラクターの象徴性は、いまだ死ぬことなくこの国の〈闇〉をさすらっているような気がいたします。



 

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上橋菜穂子『鹿の王』を読む

  • 2015.05.30 Saturday
  • 16:47
 
〈守り人〉シリーズで人気のファンタジー作家、上橋菜穂子の最新作『鹿の王』を読みました。
 文化人類学者としての貌も持つ作者は、多彩な民族の風習や世界観を生き生きと描き分けつつ、民族が「生き抜く」ことと人が「生き抜く」ことを複雑に絡み合わせたファンタジーを次々と発表。今や大人も子どももその作品世界に魅了されています。
 代表作の〈守り人〉シリーズでは、主人公のチャグム皇子が精霊の卵を身に宿してしまい、サグという「こちら側」の世界とナユグという「あちら側」の世界とを生き抜き、その成長を通して世界を救わねばならないというのがメインテーマでした。頼もしい女用心棒バルサにもっぱら助けられながら、からだを張って切り抜け、生き抜き、やがて一国を担う覚悟を定めてゆくのですが、皇子と生まれたことも、精霊の卵なんぞを身に宿したことも、彼にとっては「なぜ僕なの?」という問いに直面させられる巨大な不条理でした。
 
 今回の『鹿の王』においても、病というものが人の命を奪うとき、「なぜ自分なのか、なぜ自分の家族なのか」という不条理感を抱かせ、人を虚無に陥れてしまうことに、作者は強くこだわっています。
 多民族の政治的な葛藤を背景に、近代的な医学と宗教的世界観に基づく医学との対立、病と身体と世界観をめぐるいくつもの切迫した思惑に絡め取られながら、ひとたび家族を亡くした男が新たな絆を得て虚無を超え始めます。蘇るぬくもりに促された生への渇望と、己れを類的に融解させ滅却したいという欲望との境目を、ハードボイルドに択びとってゆく主人公の姿が印象的な物語でした。
 
「なぜ自分なのか」
 この作者によってとらえられた現在の不条理感の本質には、こういう問いかけがいつも潜んでいるのであり、それを超えるための闘いが、物語として実に複雑に描き出されます。いくつもの波乱が絡み合い、せり上がってゆく危機。その中でそれぞれの立場が描かれ、この問いが重く吟味され、ときには相対化され、ときには踏みにじられます。
 しかし、錯綜する物語世界の底で、作者の〈無意識〉が最も望んでいるのがどのような場所なのか、それは〈文体〉の鮮烈な息づかいが伝えてくれます。
 たとえばこの物語の主人公のヴァンは、〈飛鹿(ピュイカ)〉と呼ばれる獣を駆って闘う一族の頭でしたが、彼が〈鹿呼び〉をすることで何年ものブランクをも超えて駆け寄ってくる〈飛鹿〉の〈暁(オラハ)〉との一体感を描く筆づかいは、作者の無意識の鮮やかな渇望を、ごまかしようもなく読者の胸に身体性豊かに伝えてきます。
 
「手に足に馴染んだ感覚が蘇り、ヴァンはぐいっと脚で〈暁〉の胴をしめ、走るようにうながした。
 弾けるように〈暁〉が駆けだした。木々を見事に避け、ぐんぐん駆けていく。
 鹿は雪に弱い。
 飛鹿の蹄は大きく開くので、他の鹿よりは遥かに雪に強いが、それでも雪の深い場所では足が沈んで走りにくくなる。だから、雪の上を駆けさせるにはコツがいるのだ。
 考える間もなくその勘が戻ってきて、ヴァンは良い足場を瞬時に見分けながら駆ける〈暁〉の動きに合わせて微妙に体重を移動させながら、〈暁〉を駆けさせた。
 これだ、と、思った
 この速さ、この音、この振動。このすべてを愛してきたのだ、と。
 枝に絡まぬよう角を背負った飛鹿の、その両の角の間に顎をつけると、自分の視界が飛鹿の視界と重なる。
 おなじ風景を見、おなじ匂いを嗅ぎ、ともに風を受けながら、ひとつの身体になって駆けて行く。」(上橋菜穂子『鹿の王』2014年 角川書店)
 
 頑健で俊敏でたぐいまれな跳躍力を持つ〈飛鹿〉の、超常的な身体能力に込められた強靭で迷いのない〈生〉のイメージの発露を、読者は存分に味わうことができます。
 
 他の誰とでもない、主人公とこの〈暁〉とだけの間の絶対的な絆の描写には、この現世ではめったなことでは得られないのだけれど、もし人がそのような絆さえ得られるならば、どのような深い不条理感も虚無も超えてゆけるはずだ、という想いの強さがにじみ出ています。そしてこの絆以外のあらゆるものは贅肉、と思わせる描写によって、作者がほんとうはいかほど、この煩瑣で不純物が多くて人の魂を不自由に締めつける〈社会〉という衣を脱ぎ捨てたがっているか、を伝えてきます。その渇望へのためらいと羞恥が、この作者をしてあえて複雑な物語世界を構築させているのだ、とおもわれるほどに。
 
 社会の巨大なシステムも、知や情報の集積も、それだけでは私たちの〈生〉の意味を支えてくれるものではなく、ともすれば個々人の絶対感などというものへの渇望を踏みにじります。
 相対的により有利で効率のよい生き方へと人を駆り立てる諸々の価値観・世界観に抗して絶対感なるものを手に入れる確率の低さ、それによって幸福になる保証などお話にならないようにおもわせられてしまいます。
 しかし、いささかなりとも「生き抜く」ことの悲哀や歓喜に触れたことがある人なら、逆説的な言葉の方に真実味をおぼえるはずです。
 絶対感も持たずに生き抜けるほどこの人生というものは甘くはないのだ、と。
 
 意味を奪う〈偶然〉と、因果律によって存在を矮小に囲い込む〈必然〉と、そのいずれにも「生き抜く」ことの拠りどころを委ねないのは、たいへんな力わざです。
 しかし、ほんの少しのまなざしの転換によって瞬時に蘇ったり会得したりできるわざでもある。
 
 多彩な「読み」に開かれた『鹿の王』という作品ですが、この作品に出会う多くの読者が、作品の核にあやまたずに触れて、「生き抜く」ことのよすがを、そして己れの真の望みのありかを、みずみずしく想い描いてほしいと願わずにはいられません。




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『闇の絵巻』を読む

  • 2015.04.29 Wednesday
  • 11:13

「最近東京を騒がした有名な強盗が捕(つか)まって語ったところによると、彼は何も見えない闇の中でも、一本の棒さえあれば何里でも走ることが出来るという。その棒を身体の前へ突出し突出しして、畑でもなんでも盲滅法に走るのだそうである。
 私はこの記事を新聞で読んだとき、そぞろに爽快な戦慄を禁じることが出来なかった。
 闇! そのなかではわれわれは何を見ることも出来ない。より深い暗黒が、いつも絶えない波動で刻々と周囲に迫って来る。こんななかでは思考することさえ出来ない。何があるかわからないところへ、どうして踏込んでゆくことが出来よう。勿論(もちろん)われわれは摺足(すりあし)でもして進むほかはないだろう。しかしそれは苦渋や不安や恐怖の感情で一ぱいになった一歩だ。その一歩を敢然と踏み出すためには、われわれは悪魔を呼ばなければならないだろう。裸足で薊(あざみ)を踏んづける! その絶望への情熱がなくてはならないのである。」(梶井基次郎『闇の絵巻』より/『檸檬・冬の日』所収:岩波文庫 以下の引用も同じ)
 
『檸檬(れもん)』で有名な梶井基次郎(1901〜1932)の『闇の絵巻』という小品の冒頭です。
この作品は1930年(昭和5年)に書かれているのですが、奇天烈な強盗のエピソードも、それに爽快な戦慄をおぼえる梶井基次郎も、いずれおとらぬ鮮やかさで昭和初期の空気感を象徴しているようにおもわれます。
〈闇〉というものに恐怖を抱きながらも激しく惹きつけられている基次郎は、次のように続けています。
「闇のなかでは、しかし、もしわれわれがそうした意志を捨ててしまうなら、なんという深い安堵がわれわれを包んでくれるだろう。この感情を思い浮べるためには、われわれが都会で経験する停電を思い出して見ればいい。停電して部屋が真暗になってしまうと、われわれは最初なんともいえない不快な気持になる。しかしちょっと気を変えて呑気(のんき)でいてやれと思うと同時に、その暗闇は電灯の下では味わうことの出来ない爽やかな安息に変化してしまう。
 深い闇のなかで味わうこの安息は一体なにを意味しているのだろう。今は誰の眼からも隠れてしまった―今は巨大な闇と一如になってしまった―それがこの感情なのだろうか。」
 
 近代精神史に通底する巨大で視えにくい空虚感・不条理感は、昭和初期に至って、このように鋭敏な表現者の掌の上でまじまじと見据えられ、感覚的な精度を獲得し始めます。
 明治・大正期を通じて、観念的に糊塗されていたストレスが、もはやごまかしようもなく、ありありと表現の俎上に載せられ始めたという印象を強く受けるのです。
〈闇〉を恐れるのは、社会に満ち溢れる平板な偽りの〈光〉が、〈闇〉を忌避させるように人々の意識・無意識を絡めとっていたからであり、〈闇〉にひきつけられるのは、社会から〈闇〉が喪われれば喪われるほど、本来的な存在の根源としてのコスミックな〈闇〉の振幅に飢え渇くからだと言えましょう。
 このような飢渇感が暴発しようとするとき、「裸足で薊を踏んづける」ような過剰さが、「絶望への情熱」が、社会に、表現に、充満します。
 明治30年代に生まれた基次郎ら(横光利一が明治31年生まれ、川端康成が明治32年生まれ)は、すでに〈闇〉の本来のスケールを知らずに育っているようにおもわれます。近代化の矛盾が地域共同体を、個々人の魂を、すっかり食い荒らしてしまった頃に大人になっていった彼らの身体は、なぜ〈闇〉が怖いのか、なぜ〈闇〉に惹きつけられるのか、その根拠を煮詰めて内省するには脆弱で神経症的な骨ばり方をしていたように感じられます。
 いきおい、〈闇〉を求めて葛藤する魂は、どこか母親にからむ幼子のような苛立ちと過剰な陶酔とを孕んでいるのですが、その身体性の貧しさゆえの表現の跳躍力と悪戦のかたちも含めた痛々しい現在性が、私たちの魂の深みの傷に触れてきます。
 己れの生存感覚がこの世界から切り離されて虚無の淵に引きずり込まれようとするのに抗い、どうにかして己れの生の根拠に大いなるものを繰り込みたいと願い、肯定的な世界の手触りを得たいと望む。その「手つき」はたとえば、次のような一節に顕著です。
 
 肺を病み、放蕩で傷んだ心身を潜ませる山間の療養地で、基次郎は「闇を愛する」ことを覚えます。
「私は好んで闇のなかへ出かけた。渓(たに)ぎわの大きな椎(しい)の木の下に立って遠い街道の孤独な電灯を眺めた。深い闇のなかから遠い小さな光を眺めるほど感傷的なものはないだろう。私はその光がはるばるやって来て、闇のなかの私の着物をほのかに染めているのを知った。またあるところでは渓の闇へ向って一心に石を投げた。闇のなかには一本の柚(ゆず)の木があったのである。石が葉を分けて戞々(かつかつ)と崖へ当った。ひとしきりすると闇のなかからは芳烈な柚の匂いが立騰(のぼ)って来た。」
 
 作者の投げた石に果皮を傷つけられることで芳烈に立ちのぼる柚子の香り。闇の底から立ちのぼる香りの鮮やかさが読み手の鼻腔を、肺を満たし、私たちの飢渇感のかたちをエロティックに顕ち上げてしまう一文です。作者の身体をほのかに染める「遠い小さな光」も魅力的です。〈闇〉の中の孤独に沁み入る、まっとうな〈光〉です。
 
 ここには、狂暴に個を呑み込んでしまう〈闇〉の吸引力と紙一重のところで、己れに固有の〈闇〉の手触りを確かめている基次郎の、きわどく研ぎ澄まされた五感がゆらめいています。
 感覚としての内省力というものは、このように、個と、個を凌駕するものとのあわいを繊細に往還しつつ、固有の世界風景を普遍的な価値へと架橋するものとおもわれます。
 
 さまざまな現場で、〈闇〉との距離感が問われていると感じられます。
 浅はかでない答を出すために、私たちは己れの呼吸の深さをあなどってはならないとおもうのです。
*近代精神史についての拙論「〈藤村操世代〉の憂鬱」も、ブログ「星辰」にて連載中ですので、ご参照いただければさいわいです。ブログ星辰→http://sei-shin.jugem.jp





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『赤毛のアン』と『スペードの女王』

  • 2014.09.29 Monday
  • 12:36
 翻訳家・村岡花子の生涯に脚光が当たり、あらためて『赤毛のアン』とその作者モンゴメリが注目されているのは、よろこばしいこととおもわれます。
 私の幼少期の、物語というものへの興味においても、モンゴメリという作家はたいへんな比重を占めておりました。情操教育はモンゴメリにしてもらったといっても過言ではありません。
 昭和43年にその第50巻が発行されている、『少年少女世界の名作文学』(小学館)というシリーズにおける出会いが最初でした。



 このシリーズの編集委員には、関英雄、山室静、村岡花子らが、そして監修には川端康成、中野好夫、浜田廣介が名を連ねるという豪華さでした。
『赤毛のアン』『小公子』『小公女』『家なき子』『家なき娘』『若草物語』『子鹿物語』といった定番の児童文学の名作、『三銃士』『岩窟王』『怪傑ゾロ』といった冒険もの、そして『スペードの女王』『あら皮』『石の花』のような深遠なテーマを抱え持つ名作文学の子ども向け翻案に至るまで、バランスよく編集された内容の充実ぶりには、今、目次を見直しても感嘆させられます。
 これらに読みふけった時代から数十年の歳月を経て、この文学全集の振幅を、私は『赤毛のアン』と『スペードの女王』という二つの作品の振幅によって象徴的に感受してきたのだな、という感慨にとらわれました。
『赤毛のアン』をはじめモンゴメリの作品には、日常と非日常というものを対立的にとらえない、あたたかな生命性が充ち溢れています。卑俗な散文性に堕さない日常、現世への忌避感に陥らない非日常、その振幅の豊かさ・あたたかさへの信頼感を、幼少期のやわらかな世界観の土壌に植えつけられて育ったことは、とてもありがたいことであったとおもわれます。日常と非日常という二元的対立を超えてこの世界をみる術を模索することが、人生における重要なテーマであると、幼ごころに感じ入ったもののようです。
『赤毛のアン』の続編、『アンの青春』の末尾には、アンのロマンス観をめぐってこんな文章が紡がれています。
「けっきょくロマンスはすばらしい騎士がラッパのひびきも華やかに、自分の生涯にあらわれてくるというようなものではなく、いつのまにか、昔ながらの友達が自分の傍を静かに歩いていた、というふうに、忍び寄るものかもしれなかった。見たところは平凡で、散文的だが、不意に、一筋の光線がそのページの上に落ちたとたん、詩と音楽がうかびあがるのである。」(『アンの青春』村岡花子訳・新潮社刊)
 これは異性との出会いのみならず、自分とまだ見ぬ自分との、そして自分と世界との出会いというものが、ある絶対感をもつときの手応えをも象徴して、日々の風景をあたたかくみずみずしく更新してくれる一節です。

〈詩〉と〈散文〉が別物ではない、という認識が私に大きなインパクトをもたらしたのは、実はモンゴメリの世界と同時に、『スペードの女王』という作品にも否応なくひきつけられていたからだ、とも言えそうです。
 こちらはプーシキンの名作で、厳格なドイツ人の青年将校が、トランプの勝負で必勝をもたらす三枚の札の秘密に魅入られて己れを滅ぼす物語です。
 賭け事、というものが象徴的に開示する、非日常性への渇望。厳格な日常を過ごしていた者の内奥に潜む、その渇望の深さ・濃密さ・危うさの質感による衝撃は、人のそのような渇望をはらんだ振幅というものをあなどってはいけない、というまなざしを私に抱かせたようにおもわれます。
 自身をも含めた人間というものが、そのような底知れぬ闇をはらむ存在であると認識するがゆえに、モンゴメリの開示する世界観がより一層みずみずしく身に沁みましたし、日常と非日常が止揚されることへの希求は、私の生涯のテーマとなり得たのかもしれません。

〈表現〉という営みは、人が己れの振幅を闇の中でまさぐるようなスリリングな営みであり、存在の底からこみ上げてくるような飢渇と衝迫に根ざすとき、他者を揺り動かす強い力を持ちます。生活の中に埋め込まれたささやかな表現から、突出した芸術的表現に至るまで、そのあり方はさまざまであっても、〈表現〉によるまなざしの更新を、そして世界観の振幅の豊かさの奪回を、一人ひとりが心をこめて営む時代に向かっているようにおもわれます。



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渾沌を息づく

  • 2014.03.30 Sunday
  • 21:45



 昭和二年、「ぼんやりした不安」に呑み込まれて自ら命を絶った芥川龍之介は、大正九年、「赤い鳥」に「魔術」という寓話を発表しています。
 バラモンの秘法を学んだという若い魔術の大家“ミスラ君”を訪れた主人公の“私”が、鮮やかな魔術に魅せられて自分も習得しようとするのですが、ほんの二、三分見させられた夢の中で愚かしい慾に足をすくわれ、魔術を使う資格の無いことを露呈してしまうというお話です。
 夢の中で主人公は、習いたての魔術を友人たちに披露し、暖炉の中の真っ赤な石炭を無数の金貨に変じてみせます。ところが友人たちの狡猾な口車にのせられてその金貨を元手にカルタ勝負をするうち、うかうかと慾を引きずり出され、大一番の勝負にこっそり魔術を使ったとたん、引き当てた“王様(キング)”の札に嘲笑されながら主人公は夢から醒めるのです。
「私の魔術を使おうと思ったら、まず慾を捨てなければなりません。あなたはそれだけの修業が出来ていないのです。」(引用は、以下も、講談社文芸文庫『日本の童話名作選 明治・大正篇』2005年刊による)と“ミスラ君”に宣告された主人公は、その後どのような人生を歩んだのでしょう?

 この短編を読むと、プーシキンの『スペードの女王』やバルザックの『あら皮』を想起しないわけにはゆきません。
『スペードの女王』では、必勝の三枚の札の秘密を、謎めいた老伯爵夫人を死に追いやってまで手に入れた主人公の青年ゲルマンは、やはり大勝負で全てを賭けたカルタの札に嘲弄され、発狂します。
『あら皮』はさらに血も凍るメタファーで、人の欲望と破滅の振幅をこってりと描き尽くした作品です。若くして人生に絶望した青年が、どんな欲も叶えるが欲望を一つ叶えるたびに持ち主の命とともに縮んでゆく“あら皮”を手に入れ、欲するたびに縮みゆく“あら皮”=自分の命を凝視しながら、欲しないで生きる術の無い時間を残酷に苦しみぬいて激烈な破滅を迎える壮絶な小説です。壁に貼り付けた“あら皮”の輪郭をなぞって、縮んでゆく様を視認する残酷さ、燃やしても井戸に投げ込んでも青年の元に戻ってくる“あら皮”の不気味な命、手のひらほどに縮んだ“あら皮”がするすると滅する瞬間の恐怖・・・。欲望をこれほど恐ろしいメタファーで描き上げた作品はあるまい、とおもわせるものがあります。

 主人公を破滅させることなく、二、三分の夢でさとして帰した芥川は、優しい作話をしているな、と思われるとともに、その優しさは実は、凄絶なおびえに根ざしたものであったかもしれないと、痛ましくも感じられます。
 道理では統御し難い欲望や、感情や、衝動の闇というものに、芥川は人一倍おびえながら、人一倍激しく惹きつけられていたように思われます。これほど怖れているものにこれほど惹きつけられたなら、心が壊れずには済まされまい。そんな引き裂かれた苦しみが、芥川の表現を特徴づけているのではないかと思われます。
“ミスラ君”の優しいたしなめでお茶を濁したのも、「私がハッサン・カンから学んだ魔術は、あなたでも使おうと思えば使えますよ。高が進歩した催眠術に過ぎないのですから。」と“ミスラ君”に言わしめているのも、“慾を捨てる修業”の問題に帰したのも、人を呑み込んでしまうカオスを怖れる芥川の、命がけのニートな枠組みづくりであったかもしれません。
 生をむさぼり脂ぎった欲望に呑み込まれることもなく、逆にそのようなカオスを激しく忌避して現世離脱の衝迫に蝕まれ血の通わぬ幽鬼のような存在になることもなく、健やかにこの世界を望むことは、なかなかに至難のわざ、と思われます。
 ちょうど過食と拒食が同じ不安を本質に抱え持つように、むさぼることと忌避することは往々にして同根の病理でありましょう。
 そこには、カオスに安んじることができない自分への根深い対立感情が潜在して、ダークな不安の雲を絶え間なく湧き上がらせているように思われます。
 慾を捨てることにではなく、カオスとしての世界を安んじて生命的に息づくことのために、修業は必要なのでしょう。

〈混沌〉ではなく〈渾沌〉という表現を好んだ川喜田二郎もまた、ただのカオスではなく、ダイナミックな生命性の源としてのカオスを、その思想の根底に据えたかったのであろうと、花々のほころぶ季節にふと、“馥郁”ということばを愛した人のたたずまいがなつかしく想い出されます。




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「生き切る」ために

  • 2012.10.29 Monday
  • 19:37
 明六社のメンバーに代表される明治初年の啓蒙思想家たちは、人々の気風を改造すべく、洋書の翻訳・紹介にいそしみましたが、鹿野政直著『近代日本思想案内』(1999年 岩波書店)によれば、彼らは一様に、「individuality」という語の翻訳に苦心したようです。
 当時の辞書にも、「分(わか)タレヌ事」つまり、それ以上分割できない個別、というこの語の原義を汲んだ表現は見られたものの、いまだとらえ難い概念として宙に浮いていたものとおもわれます。
「人々」「個々人々」「独自一箇」「各自一己」「人民各箇」などと工夫され、福沢諭吉が「独一個人の気象」と訳すようになる。実に見慣れぬ得体の知れない概念を、なんとか把握してその輪郭と核心に迫ろうとしていた様が興味深くおもわれます。
 さらに興味深いのは、「社会」という概念は、まったくもって理解できなかったという事情です。
 明治の初年だけの事情であれば、当然といえば当然のことですが、この頃大量に編み出された翻訳語たちは、いまもって私たちにとって日常語とはなりきっていない、と近代翻訳史の研究を踏まえて鹿野は述べています。
 いまでは、「社会」も「個人」も頻繁に使われる言葉ではありますが、あくまでそれらは「書き言葉」としての概念であり、日常に根を下ろしているとはいえない。
 この把握には、非常にリアルなものを感受いたします。
 明治期に外来の概念によって啓蒙されてゆくことが、人々にどのような世界風景の転変を刻印したのか、それが劇的な衝撃であるとともに、実はいかに底浅いものであったかをおもわずにはいられません。
 熟さぬ概念へと観念的に追い立てられた人々の深層の異和感は、昭和期に国民単位での退行と暴発をまねいたのだと、単純化して言うこともできましょうか。

「セカイ系」とよばれるサブカルチャーの作品群があります。『新世紀エヴァンゲリオン』の影響下に出現したとされる、それらの作品群の特徴は、主人公を軸とする関係性が、「社会」「国家」といった中間項を媒介せずに世界の命運と直結するところにあるそうですが、そういう表現への飢渇感ひとつとってみても、現在の人々の身体にもまた、「社会」という概念への異和は底流しているようにおもわれます。また、「個人」をなんとかして砂粒のような無意味な単位ではなく、類的な解放をはらんだ概念として手応えをもって位置づけたいと、病理すれすれの悪戦や迷走が表現として生み出されていることに痛みをおぼえます。

 一人ひとりの老いや死の迎え方をおもうときも、その感触は強まります。
 社会での成功・業績の輝かしさが、その人の幸福な老いや死と必ずしも結びつくわけではなく、真の「individuality」として、それ以上分割することのできない、すなわち他と置き換えのきかない生を、どうすれば幸福に「生き切る」ことができるのか、迷走は続きます。迷走は続いているのですが、東日本大震災を機に、明らかにこの「生き切る」ことへの人々のおもいは、研ぎ澄まされ始めたように感じられます。

 一人ひとりが、手応えのある生を「生き切る」のは、ほんとうに大事業です。
 それぞれの「このように生きたい」という意識とはうらはらな場所に、真の願いがひそんでいることも多々あるわけで、もしも長年月にわたってそのような深層の願いを自ら押し込めて生きたならば、その老いがどれほどの「ツケ」の支払いに見舞われるかについて、誰しも身近な例のひとつやふたつは目にしているのが現在というものでもあります。
 必然的に、誰もが己れの意識と無意識とをフル稼働して生きることを、そしてその中で自らの「生き切る」イメージを自然に肯定的に紡いでゆく営みへの自覚が問われることとなります。

 KJ法を求める方々の、ちょうど意識と無意識の境目あたりに、そんな自覚がほの見えることを、私はとても頼もしいとおもうのです。



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柳田國男と折口信夫

  • 2012.05.26 Saturday
  • 23:50

 民俗学者の柳田國男が強調した日本人の霊魂観のポイントの一つに、「死んでも遠くへ行かない」というイメージがあります。
 我々の祖先の霊魂は、この現世から隔絶した遠い場所へ行ってしまうのではなく、近くの山の中やせいぜい海の向こうといったところにとどまり、しかも顕幽二界の交通は容易かつ頻繁である、というものです。
 いまわの際の念願も達成されるし、生まれかわって霊魂が現世に復帰することも可能である、という、なんともポジティヴな〈連続〉の相貌を帯びた霊魂観に貫かれているのが柳田民俗学です。(折口論として〈ブログ「星辰 Sei-shin」における「〈藤村操世代〉の憂鬱」の中の「折口信夫の〈青あざ〉」〉も参照していただければさいわいです。→http://sei-shin.jugem.jp/

 対して、その弟子の折口信夫は、柳田に心酔してその学を受け継ぐのですが、はるかに不幸な匂いが彼の学問と表現にはたちこめています。
「全体、人間の持っている文芸は、どういう処に根を据えているかというと、生理的にも、精神的にも、あらゆる制約で、束縛せられている人間の、たとい一歩でもくつろぎたい、一あがきのゆとりでもつけたいという、解脱に対する憧憬が、文芸の原始的動機なのである。」
「こうして不思議な物語りと、多くの人の憧憬とを負うていた異郷は、明治大正の科学の光に逢うて、忽ち姿を隠してしもうたが、また新なる意味に於ける異郷が、われわれの胸に蘇り更に蘇らねばならぬ。いつまでも。」
(「異郷意識の進展」『折口信夫全集20』 中央公論社 1996年刊 より。旧仮名遣いは新仮名遣いに改めて引用。)
 この現世が逃がれようのない不条理に充ちているという、当時の青年層にとって普遍的ながら、あくまで折口の文学的な感受が、その異郷イメージに色濃く投影されて、独自の「マレビト」観を形成します。
「祖先の霊魂も、肉体を離れて他界に生きている。そうして時々、我々の前に、目には見えないが来臨したと言うしるしをみせる、とこう考えたのです。」(「神々と民俗」 同上所収)
 柳田的祖霊信仰を半ば強引に包摂しつつ、肉体と魂の分極、現世と他界との分極、という〈断絶〉の相にアクセントを置いた世界観が、「来臨」という語のニュアンスから濃密に顕ち上がります。

 彼らはいずれも、他の追随をゆるさない天才的な直観力で日本人の魂に底流する世界観の本質に迫った民俗学者であり、この師弟の対話では、他の弟子たちが立ち入ることのできない鋭利で豊かなイメージが空気のように交わされていたといいます。
 しかし、折口の柳田への心酔ぶりには常軌を逸するほどの過剰さがあったのに対して、柳田は折口の「マレビト」概念を認めようとはせず、その不健康な文学臭や性癖(同性愛やコカインの常習や不潔恐怖症など)には辟易していたふしが見受けられます。
 生まれたのは柳田が明治8年(1875年)。折口が明治20年(1887年)。
 わずか12年の差ですけれども、両者が精神形成した時代のこのわずかな差の内に、日本人にとって世界風景の質が大きく変容していったのであろうことを感じます。

 この師弟の世界観の差異や確執が私にとって興味深いのは、単に日本の民俗学を方向づけた二人の人物が好対照だからでもなく、明治期のちょっとした世代間ギャップが大きな世界認識の差異を生んでいるというだけでもなく、この二人の世界観のギャップに象徴されるような〈断絶〉を、私たちの〈現在〉もまた、随所に抱え込んでいるのを日々感じるからです。
 たとえば、宮崎駿のアニメーションと、庵野秀明のアニメーション『新世紀エヴァンゲリオン』の世界観の落差。これは柳田と折口の構図に酷似しています。
 個々人の健やかな肉体の輪郭の強靭さをベースに、豊かに世界と交感し得る宮崎アニメの主人公たちと、神経症的な内面の鬱屈と暴発を世界の命運と直結させ、不条理の克服の方途を残酷に問いかける『エヴァ』の登場人物たち。
 折口が柳田に激しい憧憬と思慕を抱きながらも、独自の「マレビト」観を形成せずにはいられなかったように、若い世代は宮崎アニメに憧れつつも、いつもそこからはじかれてしまう自分たちの存在の欠落感に悩まされ、己れの病理とその超克のための悪戦を表現として生み出さずにはいられないかのようです。

 人を育てる現場や、家族の内部にも、多かれ少なかれ、このような世代間ギャップが生じて、互いに刺激し合い生産的に影響を与え合うよりもむしろ、ともすれば不毛で酷薄な〈断絶〉の様相を呈しています。
〈意味〉にみちあふれた育ちの中で豊かな身体性を無自覚に獲得してきた世代は、〈手持ち〉の豊かさゆえに他者への強制と安易な〈意味〉の蔑視に走りがちであり、対して無意味な世界風景に侵され続け、不条理と不信によって身体の硬直しきった世代は、世界と己れの振幅への決めつけと居直りによって呪詛と怨念をまき散らしがちとなります。
 この〈不毛〉の型が、実は近代精神史を貫いて根深く存在することに気づくとき、強制や我執や逆ギレに毒されることなく、〈意味〉を愛おしみたいと、切に想うのです。

 歌人としても活躍した折口は、晩年にこんな一首をのこしています。

 眉間(マナカヒ)の青あざひとつ 消すすべも知らで過ぎにし わが世と言はむ

 眉間に痣をもっていた折口の述懐ですが、短歌作品の中でこの「青あざ」は、近代に刻印された不条理な世界認識の型のメタファーとして解き放たれ、哀切な不能性で「わが世」を彩っています。
 苦々しい余韻が胸をうつ一首です。




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世界認識の枠組み

  • 2011.05.28 Saturday
  • 22:49
 谷崎潤一郎の第一短編集『刺青』(明治44年[1911年]刊)の中に、「信西」という戯曲作品が収録されています。
「刺青」「麒麟」「秘密」といった、谷崎の耽美派的な面目躍如たる作品にまぎれて、あまり注目されることのない短い戯曲ですが、日露戦争後にあからさまになるまでは不明瞭に底流していた明治期の病理の本質が、的確に描き出されていて戦慄をおぼえます。
 そこでは、平治の乱において、後白河上皇の寵臣として敵方の源義朝から追われて自刃に追い込まれた信西(俗名・藤原通憲)の末期(まつご)の様が描かれています。

「わしは昨日迄自分の学問や才智を誇つて居つたが、今となつて見れば、却つて愚な人が羨ましいわ。」
「最後にわしは、此の宇宙の間にある凡べての事柄を、悉く知らうとした。天文でも、医術でも、陰陽五行の道でも、わしの学ばない處はなかつた。」
「わしの眼には、遠い未来の事までも明かに見える。世の中や人の身の上に大事件が起る前には、必ず其の兆が現れるものぢやが、わしの眼には其れがはつきりと見えるやうになつたのぢや。しまひには自分の悲しい運命迄が、自分に能く見えるやうになつて来た。其れがわしの不仕合はせであつたのぢや。」(角川書店『日本近代文学大系30 谷崎潤一郎集』所収、「信西」より。旧漢字は一部読みやすく改めて引用。以下の引用も同じ。)

 信西は博学をもって世にきこえた人でした。
 谷崎は、この男があらゆる学問をし尽して何もかも知りすぎたあげく、己れの悲しい運命までも見えすぎることの不幸にがんじがらめに縛られて自滅してゆくさまをアイロニカルに描きます。
 宇宙間のすべてのことを知り尽くした信西には、己れの死期さえも明白なのであり、それを司るのが「大伯星(金星)」であるからと、この星にことのほか脅えます。
「頭の上にあの星が睨んで居る間は、何處へ行つても同じ事ぢや。わしにはあの星を空から射落す力はない。あの星を、頭の上から引きずり下ろす力がないのぢや。どうかして、あの星の見えない處へ行きたいものぢや。」
 源氏の追手をかわしたとしても、この星に見られているかぎりはきっと自分の命は尽きてしまう、と考えた信西は、大伯星の光が消えるまで、杉の木陰に穴を掘って土の中に身を埋め、地上に出した竹の節を通して息をして生き延びようとしますが、源氏の郎党たちに見つかってしまいます。信西は、穴の中で自刃するも死にきれず、うわごとのように「星はまだ光つて居るか。・・・・・」とつぶやき続ける場面で戯曲は幕を降ろします。

 一篇を支配する神経症的な恐怖の描写には、この天地を明晰なものとして認識し尽くす営為によって追い詰められた、明治末年当時の個々人の内面の異様な閉塞感が鮮やかに映し出されているようにおもわれます。信西にとって、「大伯星」は、もはやコスミックな世界観を統べる雄大な道しるべではなく、酷薄な死の宣告を下すだけの無機的な〈知〉の象徴となり果てています。
 谷崎が展開した耽美的な文学世界は、実はこの信西のように、〈知〉や科学的因果律という明晰だけれども無機的な〈光〉によって矮小化され、息も絶え絶えになっていた当時の青年層の蒼ざめた世界観・人間観の裏返しだったことが、ちょうど百年後の今なおリアリティーを帯びて新鮮に感受されます。
 運命の不条理にうち克とうとする信西は、そのための力を、当の運命を司る〈光〉によって奪われてしまっている、という存在の底浅さ。酷薄なニヒリズムと背中合わせの神経症、そしてゆがんだ〈闇〉への飢渇。
 第一短編集に、この一見地味な短編戯曲が収められていることで、私たちは谷崎の文学理念の根底にあった鬱屈のかたちに直面せざるを得ません。

「刺青」において有名なように、谷崎の文学は人間の倫理を倒錯的な美意識にひざまずかせたところに面目があり、第一短編集にもその美意識の堂々たる自己主張がみなぎっていますが、彼が反発した自然主義文学もまた、いわば人間の倫理を科学的(唯物論的・因果律的・機械論的)な世界観の下にひざまずかせた文学理念だと言うことができましょう。
 自然主義文学とそれに反発した谷崎の文学。
 文学史においては対極的な扱いを受けるのですが、両者の理念の根底には、倫理の剥落と、その倫理を本来的に支えるコスミックな世界観の剥落があったことを、「信西」という戯曲は象徴的に示しているようにおもわれます。

 自然主義がこの後すたれたというのは、実は表面的なトレンドにすぎないでしょう。
 自然主義と反自然主義という対立の構図を下支えしていた世界認識の枠組みは、むしろ一層強固なものとなってゆきました。
 近代とは、信西の脅えた〈光〉と、そこから身をかわすためにいびつに自己主張を展開する倒錯的な〈闇〉との織りなす歴史のことだといってもよいほどに。
 巨大な不条理に見舞われるたびに、私たちはいつもいつもほんとうは、この世界認識の枠組みとの闘いを強いられているのだともいえるほどに。





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「千」と「千尋」のあわい

  • 2009.06.10 Wednesday
  • 18:44

 宮崎駿監督のアニメーション『千と千尋の神隠し』の中で、私にとって最も印象的なのは、主人公の千尋が「カオナシ」に対して次のように言う場面です。
「わたしが欲しいものはあなたには絶対出せない」

 自分が自分自身であるというそれだけのために、他者の強制や干渉や誘惑から己れを守りたいとおもい、他者との関係を苦しんだことのある人には、胸のすく言葉です。

 幽霊っぽい黒いからだに能面のような茫洋とした仮面をつけた「カオナシ」の存在感は、一見、強烈で手ごわい〈悪〉の象徴とは見えません。
 たとえば同監督の『未来少年コナン』のレプカや『天空の城ラピュタ』のムスカのように、彼らを倒すことが地球の命運を左右するわけでもありません。
 にもかかわらず、千尋の地味な〈自立〉によって「カオナシ」が無害化されるプロセスには、さわやかで強い手ごたえをもつカタルシスがあります。

「カオナシ」は、己れの「声」を持ちません。「金(きん)」でおびき寄せた他者を次々と食らい、食らった者たちの声でしかしゃべることができません。他者を食らいながら肥大化した「カオナシ」が、千尋にこだわり、彼女の存在を己れと同化することによって、いわば「うつろさの存在証明」をしようとする執念こそ、実はもっとも困りものの巨大な〈悪〉であると感じさせて、この「カオナシ」の造形には強固なリアリティーがあります。

 自らの論理や人間認識のもとに千尋を制圧しようとしながら、実はそんな自分自身にいい加減うんざりしている、追いつめられた悲鳴のような「カオナシ」の執着の姿は、孤独とおびえを秘めてあわれでもあります。誰もが抱える孤独やおびえの感触を励起して、その暴走の姿に観る者は不安をそそられます。
 物語のラストでは、「カオナシ」はすっかり可愛く無害になって、「糸車」を回したり「編み物」をしたり、「憑き物」が落ちたような穏やかな生活に還されているのですが、そのあたたかな印象や千尋の地味な自立のカタルシスが、〈大文字〉のコンセプトに回収されようのないところに、この作品の魅力があるようにおもわれてなりません。

「千尋」という名の少女が神隠し的に異界に迷い込んだ話なのですから、『千尋の神隠し』でもよさそうなこの物語が、『千と千尋の神隠し』というタイトルであるのは象徴的です。
 千尋とカオナシとの闘いをはじめ登場人物たちの葛藤が、実は千尋と千(異界で本来の名前「千尋」を奪われた「カオナシ」状態)との闘いでもあったこと。「神隠し」的な体験を通じて両者の落差の感触を握りしめて〈生還〉すること。そのような孤独で内面的な闘いの重要性を端的に印象づけるタイトルです。

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