2016年を振り返って

  • 2016.12.24 Saturday
  • 16:08

 

 今年も、11日いっぱいいっぱいで生きてきた、という想いがひしひしとこみ上げてくる年の瀬です。

 日々の生活のたいへんさ、慌ただしさを抱えつつも、一年間のこのKJblog2月に開設したブログ「星辰」における記事を見直しますと、ずいぶんとたくさんの表現を公にすることができていて、積み重なったものの重みと手応えをずっしりと感じます。

 試みに、それらの記事からタイトルや単語を適当にピックアップして羅列してみますと、「初対面」「ラビリンス」「縁」「一本の線」「聖の弁証法」「断捨離」「神歌唱」「個」「類」「藤村操世代」等々。

 この一年私がこだわってきたことはどうやら、「新たなお気に入りが一つ増えた」というタイプの出会いではなく、「これ一つあればいい」というものに出会えるかどうかなのだということのようです。

 部屋の「断捨離」をするときも、「神歌唱」に出会ったときも、「一本の線」の記事で述べたように、たった一本の線がすべての線を象徴的に担える、という世界観を握りしめようとしていたようにおもわれます。その世界観があるならば、人はいくつもの選択肢を「断念」することなく、たった一回の人生を「決断」によって雄々しく生きられるような気がいたします。

 ここまで歩いてきた中で、いくつもの大切なものを喪失してきましたが、それでもなお、諦めたり棄てたりといった「断念」によってそのことを彩るのではなく、「決断」によって実は何一つ諦めずに全てを祝福していたいと願っています。

 

 私なりの世界観、私なりの「決断」で生きようとするとき、縁ある方々に支えていただいていることもまた、痛感いたします。

 夏からずっと腰痛で辛い思いをいたしましたが、今年は霧芯館のワークショップに協力してくれるスタッフさんにも新たな若手が増え、参加者のみなさんの熱意にも後押しされ、無事に開催できたことに感謝せずにはいられません。

 また、このブログの文章、写真、そして「星辰」での表現を楽しみにしてくださる方々にも、いつも熱風を送っていただいていると感じております。

 私自身は、自らめらめらと熱い火柱のようなエネルギーを立ち上げてそれを周りに振りまくタイプではないとおもうのですが、読者の方々は、意外にも私の表現から熱や癒しを受け取ってくださるようで、そのことが私の動力源となっているのであり、世界は〈気〉や〈熱〉や〈風〉や〈水〉などが常に流れ巡って成り立つものとの想いをあらたに致します。

 ですので、私にできるささやかな表現を、常に澄んだものとして発したいと、可能な限り澄み切ったものとして発したいと願っています。その〈気〉がどこまで巡り届くのか、それは私の意志などはるかに超えたことでありましょうが、縁ある誰かの真摯な「決断」の支えともなればと想います。

 

 読者のみなさま、どうか良い年の瀬をお迎えください。

 

 

 

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