絵筆のように(二)

  • 2009.07.02 Thursday
  • 18:33
JUGEMテーマ:教育
 
 成安造形大学・環境デザインクラスの学生さんの例を再び。(大学近郊の〈仰木〉地区にひろがる里山をフィールドワークし、KJ法によって学生各自の〈里山観〉を形成することで、その後の造形表現への豊かな刺激と発想力をもたらすための演習から。)

「仰木の人たちは自分たちの土地の時間にそって生活していた。」
「壁がほとんどなく表戸も開けっぱなしの家が多い。地域への信頼が強いんだと感じた。」
「お地蔵様の花は枯れているものがほとんどなく、大切にされているのを感じた。」
 これら3枚のラベルを元に、Sさん(2008年度「発想法演習」受講学生)のつけた表札は、
「誰が決めたわけではなく、自然にできた約束を守り続けている信頼という形。」

 ゆるやかな親近感しか無いように見える3枚のラベルを、仰木ならではの〈信頼〉のかたちとして統合してみせています。
〈里山〉VS〈都会〉という二元的な図式を強いられているように感じてしまい、〈里山〉の良さをともかく讃美しなければ、といった優等生意識が抜けない場合、これらの元ラベルは、たちどころに「里山では厚い信頼関係が今も保たれていてすばらしい」といった凡庸で観念的な表札へと横すべりしてしまいます。
 この学生さんは、むしろ元ラベルにはわずかに存在していた〈観念臭〉を丁寧に削ぎ落とし、〈信頼〉の内実を誠実な言葉で規定してみせています。元ラベル3枚の内容もすべてふんわりと包摂した、デリケートであたたかみのある表札です。

 完成された彼女の図解全体には、都会っ子として〈豊かな自然〉を完璧な他者として見るのではなく、欠落感の裏返された憧れを安直に投影するのでもない、〈里山〉と自分との固有の接点を震えるように手さぐりしている感受性が見え隠れしています。
 仰木という〈里山〉の豊かなコスモスが、開発によって変容をこうむりながらも生々しい存在感を発しているさまに、彼女はある種の既視感をおぼえたようです。自然と人工が混ざり合い、光と闇が共在するときの〈痛み〉や〈恐怖〉の感覚になつかしさや希望を見出すような、屈折した感覚が繊細に揺らめく図解。
 KJ法を通して、ささやかなこだわりを丁寧に誠実に言葉で紡ぐという作業を経なければ、おそらくこのような繊細さは観念的な図式にあっという間に回収されてしまったのではないかとおもわれます。

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM