紅葉の気持ち

  • 2017.11.30 Thursday
  • 13:16

 毎年、夏と冬に「霧芯館KJ法ワークショップ」を開催しておりますが、ここで提示された参加者のみなさんのラベルは、私の中で繰り返しシンボリックに顕ち上がってきます。

 

 これまで、「〈かくれんぼ〉ができない私たち」「変容の本質―現場が変わる瞬間―」「“寄り添い”の哲学」「〈リアル〉の手触り」「〈闇〉の居場所」「〈初対面〉のラビリンス」そして今年は「〈違い〉がわかる瞬間」といったテーマで取り組んでまいりました。

 夏に「パルス討論」というディスカッションによって提示されたラベル達から、私が70枚をまずピックアップしておき、冬のワークショップでは、そこからさらにチームごとにラベルを精選して「狭義のKJ法」に臨む。このスタイルを続けることで、それぞれのテーマごとに珠玉のラベル達が生み出され、珠玉のKJ法図解が完成してきているのですが、図解が完成し、ラベルの〈志〉がその図解の中で明晰に位置づけられたとしても、不思議なことにそもそものラベル個々に対するシンボリックな感受が狭くなるわけではありません。

 印象深いラベル達は、その後も私の中で密かな場所を占め、折あるごとに意識に浮上して、実体験と私の無意識とを鮮烈に架橋してくれたりします。

 

 辛い時や困った時に浮上するラベルは、どちらかというと私の内部には無かったもので、私の欠落を補ってくれるように登場することが多いようにおもいます。

 たとえば、「変容して行くものを、していかないような気持ちでいると、相手も自分も行き詰まる。」などは、自戒の言葉としてしばしば鋭く機能してきましたし、人間関係が難しく頭に血が上りそうな時などは、「自分と相手の関係の『あいだ』で起きていることを見つめることが必要だと思う。」といったラベルでクールダウンできたりします。

相手に泣いてもらった。」は「“寄り添い”の哲学」の時のラベルですが、他者の抱えている〈闇〉にうろたえない覚悟を今一度想い起こさせてくれます。

 

本物とにせ物のわずかな差を感じわけることができる時がある。」などは、逆に、いつもそういう「差」に嗅覚を研ぎ澄ますようにしているので共感できるラベル。

 

明るい夜のコンビニの店先は本当はまっ暗な闇である。」は、コンビニの前を通りかかるたびに思い出します。これはリアルな「明暗」のこと以上に、そしてコンビニという場所を超えて、〈光〉だらけの〈現在〉の風景が隠し持っているものを想像させるラベルで秀逸。実際の風景がリアルに顕ち上がりつつ、実にシンボリックに作用するラベルです。

 

一度すみついたら出ていってくれない。」これも「〈闇〉の居場所」で出されたラベルですが、人の心のしみじみと怖くて切ない空間を想起させ、現在の社会に蔓延する病理や孤独の形がゆらめくようです。

 

TAXIの運転手と話がはずむことが多い。」これは「〈初対面〉のラビリンス」でのラベルですが、最近、タクシーを利用する機会が立て続けにあったことで、納得のゆくラベル。「その場限り」という関係の気安さで、運転手さんから随分と楽しいお話をたくさん聴くことができて、タクシーの中、という特殊な空間でほぐれるもののことを考えさせられました。

 このラベルは、「金沢@石川では、地元出身でない者は、“旅の人”と称される。」「ネット上の架空の関係は、一度も対面すらせずに進展してゆく。」というラベルとセットになって、私の図解では〈ゆきずり・旅の人・架空といった関わり方が、関係の永続性・直接性へのこだわりを揺さぶる。〉という表札となり、さらに他のラベル群との統合を経て、《〈初対面〉は、関係の自由・不自由という両極を意識させることで、世界観を揺さぶる。》という表札となったのでした。〈初対面〉というものが、自由でありたいという気持ちと、関係の「逃げられなさ」「拒めなさ」という両極を意識させ、この世界を縛られないものとして感受するのか、拒めないものとして感受するのか、それぞれのとらわれを強く揺さぶるのだということを、ラベル達は訴えかけていたわけです。

 

 

 

初めて会う犬に必ずほえられる。」これも、犬に出会うたびに思い出すのですが、やはり犬という事例を超えて、誰もが持ち合わせている自他の異質さへの嗅覚や不安といったものをシンボリックに意識させます。

ねこカフェで〈ねこ〉という共通項のもと穏やかに過ごせる。」これは、ねこカフェならずとも、昨今のネット上のコミュニティーについても言えること、共通項があることで安心して盛り上がれる関係性を想起させます。この共通項の背後に、実は異質さへの不安も透けて視えそうです。

「『ひとめぼれ』という現象がある。」人や風景との「ひとめぼれ」がなぜ起こるのか、相対的な吟味を超えた出会いのたびに、このラベルも浮上いたします。

 

 こうやって振り返ってみますと、参加者のみなさんのKJ法修練のために、と、毎年〈現在〉の課題に鋭くクロスするテーマを設定してまいりましたが、私自身も日々の〈関係〉を通して、それぞれのテーマの意義や個々のラベルの象徴性を問いなおす作業を楽しみ続けており、いつまでもいつまでもラベル達が私に寄り添ってくれている、といった印象があります。参加者の生活のひとコマから掬い上げられた珠玉のラベル達に、日常を、関係の困難さを、染め直してもらえていることに感謝の念が湧いてきます。

 

 今年も鮮やかな紅葉を見ていますと、人間だけではなく樹木も、もしかしたら光や風や雨、人も含めた周囲の気配というものを、シンボリックに感受しながらその身を彩っているのかもしれない、という気がしてきました。

 さらっと時雨れた後に産まれた虹によって七色に身を染められた山肌も、己れを取り巻く世界の象徴としてこの虹を官能的に感受し、魂を震わせ、色づき方を択んでいるようにもおもわれます。

 

 

 

 

 

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