〈コスモス〉を紡ぐ

  • 2020.01.28 Tuesday
  • 18:12

 

 ご近所の年配のご夫婦が、ときどきご自宅の玄関先で「ほっこり」とした時間を過ごしておられるのを見かけます。

 特にご主人はしばしば、木の切り株でできた小さなテーブルにお茶など置いて、読書三昧。時には奥様とゆったり語らいながら、誰にも奪えないお二人の時間を味わっておられます。 

 目の前はかなり交通量の多い車道であり、地域の資源ゴミ置き場やら郵便ポストやらがあるところで、お世辞にも閑静な場所というわけではないのですけれども、お二人とも、そのような喧噪にはいっこうにお気持ちを乱されているご様子がなく、樹木の気配やシジュウカラのさえずりや季節の息づかいだけを深々と吸い込んでおられるようで、そこには「ほっこり」と、そして凜とした世界があることに感動します。

 穏やかなひとときを過ごしておられるようでいて、そこには一つの〈闘い〉があるようにも思われます。自分の〈コスモス〉としての世界を紡ぐ〈闘い〉が。

 

 昨年の11月からインスタグラムを始めた私ですが、そこで出逢うことのできた方々の中にも、写真を通して、そのような穏やかで凜とした〈闘い〉の姿を示してくださる方がたくさんいます。

 自分の「好き」を公表し、「好き」でいくらでもどこまでも一瞬でつながることのできる、ネット上の社交場ですが、ともすれば〈数〉という評価や、他者の目線や、トレンドや、そこはかとなく漂う常識的な空気などに足をすくわれそうになる、試練の場でもあります。

 それらに足をすくわれずに、自分の〈コスモス〉としての世界を紡ぐのは、楽しそうに見えて実は、繊細で豪胆な〈闘い〉の気力も必要とされるようにおもわれます。

〈数〉ではなく、あくまでも一人ずつの聴き手に届けるための表現を模索するロックシンガーや、日常の、どこまでもささやかな日常の一コマを丁寧に愛おしむ、端正なご婦人のたたずまいや、雪に包まれた峻厳な八ヶ岳で研ぎ澄まされている山男のまなざしや、日々のきらめきや鬱屈の瞬間を俳句や短歌に収め続ける方々や、絵画、木工細工、ジュエリー、野鳥、などなど、それぞれに自分の〈コスモス〉を紡ぎながら、純度の高い時間とつながりとを模索している方々の姿は、私に深い慰藉と刺激を与えてくれます。

 

 そんなこんなで、私も未熟な写真の腕前をかえりみず、ときには短歌を、ときには定型にとらわれない自由な発想の言葉を、視覚的な表現として発信している昨今です。

 写真というキャンバスに短歌を描くのは、歌詞に曲を与えるようなもので、短歌だけで完結するのとはまた異なる命を与えることになります。過去の歌作に新しい命を吹き込むことができるのも、うれしいことです。

 しかも、「アプリ」なるものの発達で、写真への縦書きの文字入れなども実に手軽に試みられ、ちょっとした時間を〈表現〉のためにあてがうことができるのも魅力です。

 日々、まなざしを鍛え、〈コスモス〉を紡ぐ闘いを、ささやかに持続できればと願っています。

 

 

川喜田晶子インスタグラムはこちら→https://www.instagram.com/akiko_mist/?hl=ja

 

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