〈結び〉としての変容

  • 2020.07.29 Wednesday
  • 15:06

 

 朝晩、軽くヨガをする習慣がありますが、あまりに疲労がたまっているなと感じた時は、お香などくゆらせて昼間でも少しヨガをして、そのまましばらく寝落ちしてしまうようにしています。

 

 

 ヨガの一連のポーズは、最後に、「シャバ・アーサナ」と呼ばれる仰臥の姿勢で締めくくられます。「屍のポーズ」という意味だそうですが、この、ただ仰臥しているだけの時間があることで、そこまでの一連のポーズが意味を持ち、自然治癒力が高まるのだとか。

 そのことを初めて知ったとき、己れを「屍」と意識しながらの仰臥は、私の肉体としての輪郭を揺さぶり、意識と無意識を激しく揺さぶったようでした。仰向けになりながら、理由のわからない涙がぽろぽろこぼれたことを憶えています。

 蛹が蝶になるときも、蛹の中では一度輪郭のない混沌とした状態になるとか。

 

 それまでの秩序がひとたび混沌とした状態へと還されることがないと、根源的な変容というものはなされないのでしょうか。秩序に慣れた身は、大きな変容の兆しというものには恐怖を感じてしまい、不安に身体が縮こまる想いがいたしますけれども、混沌がただの無意味ではないことへの〈信〉に支えられるならば、本質的な変容は、いたずらに怖れる必要のないものかもしれません。

 

 感染症の蔓延、災害の多発、周囲からは非のうちどころのない才能に恵まれているとしか思われない若者の自死等々、混沌とした世相は、文明の疲弊と無縁ではないように思われます。

 混迷の底に身を横たえて、己れの個としての輪郭を一度ほどいてみるならば、自律神経の乱れが整うように、世界観の芯が整う。文明にもそんなメンテナンスの時間が必要なのではないかと感じます。この混迷の期間というのは、あるいは、無理矢理強いられたメンテナンスであるかもしれない。一人ひとりの、社会の、文明の、そして世界全体の。

 

ヨガは、心と体を〈結ぶ〉、という意味であるそうです。風景の変容が、大切な〈結び〉としてなされることを、祈ってやみません。

 

 

 

 

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