雪うさぎふたつ

  • 2011.01.11 Tuesday
  • 19:52
 2011年は白銀の風景でスタートしました。

 元旦には、大晦日に降り積もった雪で、思わずこんなものをつくってしまいました。



 ふわふわの新雪の感触、それをきゅっきゅっと固める手ごたえ。頭の中にあるウサギのイメージを再現しようとしたというよりも、雪景色に包まれながら、久しぶりにたっぷりの雪に触れた手が勝手に動いたという方が適当です。
 そのまま室内で融けてしまうのが惜しくて、外の植木鉢に載せておいた雪うさぎは、夜のみぞれに一晩さらされて、二日のお昼にはこんな姿に〈進化〉していました。


 
 自然の手が加わったことで、絶妙にはんなりと完成度が上がっています。

 滋賀県の仰木地区の里山をフィールドワークした学生さんが、土地の方から実に渋い言葉を聞いてきたことがあります。
「石に仏を彫るのではない、もともと石の中に隠れていた仏をさがし出す」のだ、と。
 この地には、とてもたくさんのお地蔵さんがあるのですが、あるいはそのいくつかを彫った方の言葉でしょうか。

 木田元著『ハイデガーの思想』(1993年 岩波書店刊)に、こんな記述があります。(ルビは≪≫で表記しました。)
「たとえば、われわれは彫刻家が大理石の塊からヘルメスの像を造ると言うが、ギリシア人にとってはこれは、やはり大理石の塊がヘルメスの像に成ること、つまりもともと大理石のうちにひそんでいたヘルメスの像が余計な部分をそぎ落してそこに立ち現われてくることだと受けとられていた。彫刻家の技術≪テクネー≫は、その生成の運動にいわば外から力を貸しているだけなのである。」
 古代ギリシア人の〈自然〉観、〈制作〉観についてのハイデガーの把握をやわらかく言い換えた箇所なのですが、「20世紀最大の哲学者」であるハイデガー(1889-1976)が、あからさまにゆきづまった〈近代ヨーロッパ〉というものを根底から問い直し、超克し得る視座を、どのような場所に求めたのかが端的に表われています。
 ちなみにこの直前の部分では、同じ内容が、次のような哲学的概念の斡旋によって緻密に記述されています。
「ハイデガーの言うところに従えば、古代ギリシア人は〈制作≪ポイエーシス≫〉ということを近代的な意味での物の製造などとはまったく違ったふうに考えていた。彼らにとって〈制作≪ポイエーシス≫〉は、もともとは〈自然≪ピュシス≫〉の一ヴァリエーションなのである。自然≪ピュシス≫的思索にあっては、万物は無限定な混沌(伏蔵態)から発現してきて、非伏蔵態≪アレーテイア≫の場に一定の形≪エイドス≫をとって立ち現われてくる≪ピュエスタイ≫、と考えられている。通常〈真理〉と訳されるギリシア語の〈アレーテイア〉には、〈伏蔵・隠蔽≪レーテー≫〉を突き破るという意味の否定の〈非≪ア≫〉がふくまれている。ハイデガーは、これを根拠に、ギリシア人にとって〈真理〉とはもともと、〈存在〉という視点の設定によって万物が生物学的環境に伏蔵されてある状態を突き破り、そこから脱け出して、〈世界〉という〈非伏蔵態≪アレーテイア≫〉の場へ存在者として立ち現われてくるその出来事を意味していた、と主張する。〈制作≪ポイエーシス≫〉もそのように立ち現われてくる運動≪キネーシス≫の一様態と考えられているのである。」
 KJ法という営為に即して川喜田二郎流に言うならば、「渾沌をして語らしめるならば、当事者にも隠された真実が明らかになる」といったところでしょうか。

 哲学者の生涯を賭けた思索も、里山で仏を彫る人の身体が獲得した〈言葉〉によって、いともふんわりと超えられてしまうことがあるのだとおもわれて、少し愉快な気分になります。

 KJ法は、既成の〈知〉を、確かな〈身体〉によってふんわりと超えることを可能にする方法である、というふうに言ってみることで、2011年のスタートをふんわりと切ろうとおもいます。




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