絵筆のように(一)

  • 2009.06.08 Monday
  • 19:06

  アートやデザインを学ぶ学生さんたちにKJ法を伝えるときの手ごたえには、独特の心地良さがあります。
 KJ法は〈言葉〉を使う方法であり、国語力は無いよりあった方がよいのですが、実はもっと大切なことは、〈言葉〉を絵筆のように使う能力なのだと実感します。
 造形表現やデザインを学ぶ彼らには、「デッサンを描くように表札をつければよい」と言うだけで、複雑に説明するよりもKJ法の核心が腑に落ちてもらえるようです。

 成安造形大学(滋賀県)の環境デザインクラスでは、近隣の仰木地区にひろがる〈里山〉をテーマに、「発想法演習」の中でKJ法を学んでもらっています。
 伝統的な生活様式と豊かな自然。開発とのせめぎあいの中で変容をこうむりながらも深々としたコスモロジーを保持している〈里山〉を、3日間のフィールドワークを通して体感する現代っ子の学生さんたち。
 演習の目的は、深く感じることと深く考えることとの間をKJ法によって緊密に架橋し、その後の造形表現に奥ゆきを与えることです。
 彼らの皮膚感覚に降り注いだ数々の新鮮な衝撃、ささやかな異和、素直な共振、複雑な内省、あいまいな疑念、たしかな感動。
「パルス討論」を通じて再び掘り起こされたそれらのデータをもとに、個々にKJ法図解を作成してゆきます。

「森は別な空間世界な感じがする」「森の中は逃げられない気がした。かこまれているからつかまえられたような」「小椋神社、夜に行ったけど、電気の届かない闇の中には入りづらかった」これら3枚のラベルを元に、S君(2008年度の「発想法演習」受講学生)のつけた表札は、「濃密な森の空間には、ある種の結界がつくりだされている」というものでした。
 実に簡潔でみごとな表札です。
「森の中から出られない」イメージと、「夜の森の闇に入れない」イメージ、そして「別世界」のイメージを、〈結界〉という概念の導入によって、元ラベルのニュアンスを一つとして切り捨てることなく、どれか一つのラベルのイメージに偏ることもなく、シンプルに統合してみせています。
 言葉によって表現されていても、論理の構造としてラベルを把握することのない、初めから対象や経験がイメージとして認識されている人に特有の、消耗感のない表札づくりの印象が鮮やかな図解になっていました。

 

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