〈まなざし〉のゆくえ

  • 2012.02.25 Saturday
  • 20:09
 NHKのETV特集「見狼記〜神獣 ニホンオオカミ〜」(2012年2月19日放送)を興味深く観ました。

 ニホンオオカミは、明治38年に絶滅したとされています。
 番組は、1996年に秩父の山中でニホンオオカミらしき獣と遭遇し写真撮影に成功した男性の、オオカミとの再会を切望する生活を追い、また、オオカミを祀るやはり秩父の釜山神社の宮司や、今も「オオカミ講」という講を組んでいる集落の信仰のかたちを追い、幕末の動乱と天変地異の時代に急速に拡がりを見せた「オオカミ信仰」の姿を追い、オオカミと人とのやりとりによって「見えない力」が〈信〉というかたちで息づくさまを掬い上げようとしています。

 1996年に遭遇して以来、オオカミとの再会を望み続けて調査・山歩きを続ける上述の男性は、自分が死んだら奥秩父の山中に土葬にしてもらって、オオカミがそれを掘り出して食べてくれたら最高、と目を輝かせます。
 それは「鳥葬」ならぬ「狼葬」への激しい憧憬のようです。

 川喜田二郎の著作『鳥葬の国―秘境ヒマラヤ探検記―』は、『ネパール王国探検記』と並んであまりにも有名ですが、そこには、死者を鳥葬に付すという習俗を持つ異文化への、明朗闊達で五月晴れのような好奇心とロマンティシズムがみなぎっていました。1958年に行われた学術探検の記録です。
 それから50年以上経て、「鳥葬」あるいはこの「見狼記」で渇望される「狼葬」というもののリアリティーはどこにあるでしょうか。
 この番組で一人の男性に想い描かれた「狼葬」は、伝統的・文化的な背景を持つものではありません。チベットの習俗と全く同じ心性に支えられているとはいえませんが、それゆえにこそ、今の日本において特異な世界観・死生観へと己れ一身のまなざしを開きたがっていることは、現代人の極限的な渇望を象徴しているといえるでしょう。
 神性を帯びた生き物に供することによって、自然・宇宙の循環へと死後の身を解き放ちたいという渇望。
 その過剰な渇望によって逆に、現代人が追いつめられている閉塞感の場所が透けて見えるようです。

 昨年開催された「霧芯館 KJ法ワークショップ」では、「〈かくれんぼ〉ができない私たち」(ここでの〈かくれんぼ〉は生老病死や他者性との〈かくれんぼ〉という象徴的な意味合いです)というテーマでディスカッションを行いましたが、そこで20代初めの学生さんが、「鳥葬」が話題にのぼった際にスリリングなラベルを提示してくれました。
「鳥葬では、(遺体の骨を砕くという)破壊行為によって、遺体の中の精神を解放し、再生させようとしている。」というものです。
「鳥葬」の即物的で血なまぐさい手続きに違和感をおぼえ、どことなくげっそりしていた他の参加者たちを感嘆させたラベルでした。
 福祉を学ぶこの青年は、チベットの習俗に詳しいわけでもなかったでしょうが、老いや死と向き合う現場の中で、人の本質的な渇望のかたちを掬い取ろうとするまなざしを鍛えていたのかもしれません。

 死後、という見えない向こう側へのまなざし。
 そのまなざしの振幅が、福祉や医療の現場、否、現在のあらゆる現場の閉塞感を左右していると感じます。
 そのまなざしは、日常にみちあふれる「見えない力」との不断のやりとりによってのみ、練られてゆくはずのものであるとも、感じます。
 そのようなやりとり無しに、老いや死や襲い来る不条理と向き合えるほど、生活するということは安易な営みではないはずだ、とも。

 釜山神社の77歳の宮司は、300年来のしきたりを守って、今も毎月一度の「お炊き上げ」を欠かしません。奥ノ院近くの谷に出かけ、人の手を触れずにといで炊き上げた一升の米を、人目に触れることなくオオカミに供える神事です。
 一ヶ月前のおひつを持ち帰ると、おひつの米は一粒のこらず無くなっていて、おひつのふちには獣の歯形がのこされています。
「(ご飯を)残されるようじゃ困る。」とあたりまえに語る宮司の言葉は、「見えない力」の測り知れない大きさを身体化し切って、むしろ淡白な響きを帯びています。「ごあいさつを欠かしてはいけない。」とも。

 秩父・三峯神社を中心とするオオカミ信仰(秩父には今もオオカミを祀る神社が21社もあるとのこと)が、幕末の動乱期に拡がりを見せたこととさりげなく対比しながら、この「見狼記」は、東日本大震災後の現代人のまなざしの深化のゆくえを個々人に問いかけているようです。



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