〈型〉が蘇るとき

  • 2013.03.01 Friday
  • 16:26

 

『聖と俗の葛藤』(堀一郎著 平凡社 1993年)によれば、「巫」という文字は、ふたつ並んだ「人」の部分が両袖を垂れて舞いつつ神を降ろす姿、「工」はその舞に規矩あることをかたどるのだとか。
 このことは、巫女が神を降ろすことができるのはなぜなのかについて、シンプルな示唆を与えてくれるようにおもわれます。
 そして、巫女という特殊な存在のなすわざを、私たちの表現・創造・自立のメタファーとして感受するなら、人はどのようにして固有の表現を生み、創造性を体現し、自立し得るのかについて、単純で奥深い叡智を指し示しているようです。

 ここでの舞の「規矩」とは、定まった〈型〉でありましょう。
〈型〉通りの舞に己れを空しくして没入するとき、巫女の舞は〈型〉を超えて、その巫女にしか為し得ない固有の身体性の発露となることでしょう。〈型〉は、固有性をひとたび無化するかにおもわれますが、神が降ろされる瞬間の巫女の舞は、その巫女にのみ可能な突出した時空間の造形という唯一無二の創造的営為であろうことが容易に推察されます。巫女の固有性と神という普遍性との融合の瞬間が、彼女の担う共同体の魂の紐帯であったろうともおもわれます。
 以前もこのブログ内で、沖縄の巫女(ユタ)のイニシエーションについて触れたことがありますが(「KJ法と絶対感」)、彼女たちのイニシエーションは、一定の期間内に自分に固有の神を見つけられない者は死と直面するような、それは切迫した試練であるとのこと。おそらく共同体の魂を担う巫女という存在にとって、固有性と普遍性とを結びつける至難の営為をクリアすることが、イニシエーションの本質であったことでしょう。
 巫女、という特化した役割を共同体の中で担うならば、その役割を担わない者たちの固有性と普遍性までも包摂したかたちで、彼女たちの自立はなされねばならなかったはず。そこには当然、非常に苛酷なハードルが課されるべきだったのでしょう。
「巫女の自立」というモチーフが生々しく感じられるのは、彼女たちの直面する苛酷さに、現在の私たちは誰もが日常的に直面させられるからだと言えましょう。個人として分断され尽くした私たちだからこそ、日々、生活の実にささやかな細部において、このハードルをいかに超えるかが問われます。個人の世界観が常に象徴的に問われるのです。

 その苛酷なハードルの核心は、KJ法という方法(己れをむなしくして渾沌をして語らしめる方法)の核心とも相通じる、そして現在のさまざまな不毛を超えるためのまなざしの核心とも相通じる一点に集約されているようにおもわれます。
 いかに「己れをむなしく」するか。
 そのことが逆説的に固有性を生むのだと会得するとき、〈個〉や〈主体性〉や〈自立〉といった概念がまっさらな内実を得て蘇ります。

 マニュアルは人を縛ってうつろにしますが、すぐれた〈型〉は、人を真の意味で自由にします。その差異への現代人の感受性の鈍磨に、ときどき身震いすることがあります。
「KJ法はマニュアルさえあれば誰でも使える方法である」と考えるのは、五・七・五・七・七という31個のマス目を文字で埋めさえすればすぐれた短歌が作れると考えるようなものです。

 すぐれた〈型〉は人を試します。
〈型〉は一見狭小で規矩があり、人を縛るかに見えますが、実はこの広大無辺のコスモス(宇宙)と同等の自在さを内包している。そう感受する世界観を抱き得るかどうか。人の世界観がみすぼらしければ、〈型〉は情け容赦なくそのみすぼらしさをあからさまにしてしまうのです。
「お前はこの〈型〉によってその世界観・身体性の矮小さを露呈させずに済むのか」と試みられる怖ろしさを、心ある表現者は苦しみ、闘い、そして魅せられるのだとおもわれます。

 短歌・日本画はじめ、種々の伝統的な文化・工芸・武術といった領域に存在する〈型〉との格闘は、近現代を通じてそこで表現する者にとって大きなテーマでした。
 わびしいことに、近現代の表現史は、おおむね〈型〉を虐げたり、〈型〉に虐げられたりする倒錯的なスタンスで、世界観と己が身体性の矮小化の道をひた走り、突出した表現者といえども、それぞれの時代の病みざまを全身的に表現として吐露することでのみアクチュアルであり得ました。
 そろそろそのようなわびしさは、終わらなければならないとつくづくおもいます。

 KJ法の本質を伝えるとは、そこで試されるものの大きさを伝えること。
 そのことを、あらためて肝に銘じつつ。
 読者のみなさまに、真にアクチュアルなKJ法との出会いが訪れますように。



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