〈決断〉と〈断念〉

  • 2014.06.26 Thursday
  • 11:53
 現在の〈分極〉の様相に不安をおぼえている方々がたくさんいます。

 霧芯館の研修受講者の中には、医療・福祉・教育といった現場で、若い学生を育てておられる方々がたくさんいらっしゃいますが、しばしば最近の学生の〈分極〉に戸惑っておられます。
 そもそもその道を択ぶにあたって、親の顔色を見ながら一切の主体性を持たずに入学してくる学生もいれば、観念的ではない地道なロマンとも言えるような想いを抱いて大学を択び、深く広く学ぶ学生もいる。現場であっさり挫折する学生もいれば、予想外の適応力を発揮する学生もいる。同じ実習を経験しても、そこでめざましく成長する学生もいれば、何も学ぶことのできない学生もいる。
 このような〈分極〉は、なにも最近の学生に限ったことではないのかもしれませんが、その極端な落差に、教育者の側は戸惑いを隠せないようです。
 私自身、学生さんに同じラベル群をもとにしてKJ法図解を作成してもらったとき、年齢を疑うほどに熟した内省力をもつ優れた作品に出会うこともあれば、あまりの浅薄さに絶句することもある、という体験を何度もいたしました。
 そこには、知識の多寡や経験の広さ狭さを超えた何かが作用しているように思われてなりません。
 この問いは、KJ法の本質が実現された場合、なぜ創造性がひらかれるのか、という問いにつながるものでもあります。

 KJ法では、「土俵をはっきりさせる」というステップが、技法の中にしばしば登場します。これはたとえば、仮りにたくさん取材して大量のデータが集まったとしても、今、「狭義のKJ法」において取り組むべき全体は、目の前のラベル50枚なら50枚である、ということを自身に宣言するステップです。
 ここで間違えてはいけないのは、この時、50枚のラベルだけを扱い、他はすべて捨てるべく〈断念〉する、という態度ではないということです。
 KJ法において〈決断〉はあっても〈断念〉はありません。
 目の前の50枚のラベル群を「土俵」として〈決断〉する勇気は、その「土俵」の外側に広がる世界を全て、「土俵」によって象徴的に担わせ、創造的に昇華してみせる、という勇気であり、そういう意味での「賭け」です。決して「その他大勢」は切り捨ててしまえ、という断念ではないのです。
 ですから、この「賭け」には傲慢さではなく、謙虚な「世界への信」がはらまれています。「土俵」の外側には理知で測り難い渾沌がひろがっていることへの畏怖。その渾沌を背景として「土俵」が明晰に輪郭を主張し、発想を推進することへの信頼。無意識レベルにおいて渾沌の全てをポジティヴに感受しつつ、意識においては「土俵」という明晰な全体を生き切る姿勢、とでも言いましょうか。
 この意識と無意識の分業・協業がうまく機能するとき、〈断念〉によって狭窄された世界観ではなく、〈決断〉によって象徴的に架橋された創造性の地平がダイナミックに拓かれてゆきます。

 同じことが、私たちの〈有限の生〉の生き切り方についても言えるのではないでしょうか。
 被災地で、高校生に性教育の講話をしつつ、彼らの死生観に寄り添う取り組みをしておられる方が受講者にいらっしゃいますが、高校生の〈生〉〈死〉〈性〉の認識がKJ法で浮かび上がるとき、そこには〈有限の生〉を通してなんとかその周りに広がる〈無限〉に力強く触れたい、というまさぐるような切迫した想いが感じられます。不条理な試練としての現実をどうすれば意味のある自分らしい生として全うできるか、というギリギリの想いです。

 泣いても笑っても私たちはたった一つの〈生〉を生きるわけですが、そのことが、他のあり得べき〈生〉を断念するものであるならば、その断念は、いかほどビターなものであったとしても恨みがましさを胚胎し、いびつなレールを準備してしまうのかもしれません。他者も己れをも損なうような。
 しかし、すべての〈生〉に匹敵するようなたった一つの〈生〉を生きるべく〈決断〉するならば。その〈生〉の周りに広がる〈無限〉〈渾沌〉は、〈有限〉の味方をしてよき物語へと私たちを導いてくれるのだとおもわれます。

 現在において広範に見られる〈分極〉は、〈断念〉もしくは〈断念〉したことさえわからぬほど人生の初期に世界の振幅を奪われて育つことにより狭窄された世界観と、〈決断〉という賭けがあり得べき全体への不屈の信として機能する世界観との落差によって生じているのではないでしょうか。

 ポジティヴな世界観に裏打ちされたKJ法ですが、そこには創案者・川喜田二郎の晴ればれとした〈信〉があたたかく微笑んでいるようにおもわれます。



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