まだ見ぬ空

  • 2015.02.28 Saturday
  • 22:31
 美大の女子学生(一年生)の詩作品を紹介します。
 
囲め 囲め
机上の空論
すべては碁盤の目の上
0と1の境界
沈んでく 記憶
空の色を2進法で知る時代
嘘つきな数字とたわむれ
捻った頭脳と少しのヒントで
解けるはずの南京錠
まだ開かないままで
かごめかごめ
後ろの正面 立つ君の
目が見えない
自分で作った剣の檻
封じられたまま
まだ見ぬ空を
焦い願う
 
 2014年度後期に担当した「詩を描く」という授業で、「鬼」「かくれんぼ」「かごめかごめ」を“お題”として作品を提出してもらったときの秀作です。
 昔ながらの遊びに潜んでいるシンボリズムが、現在の若者の心象風景として転生し、鋭い社会批判と追いつめられたロマンティシズムが、高精度のメタファーで紡ぎ出されていることに讃嘆の念を禁じ得ません。
 
 ここでは、「かごめかごめ」という遊びにおける「鬼」の心として自らの世界風景が描き出されています。
 自らを囲む輪の中心で目隠しをし、「後ろの正面」を当てることでしか「鬼」を解かれる術は無い、という遊びにおいて、昔の「村」は、追いつめられることで発揮される超常的な能力を「鬼=異形の者」に期待していたでしょう。そこには村の外と内、聖と俗、といったシンボリズムが投影されていたとおもわれます。
 この詩ではしかし、「囲め 囲め」という強迫的な「輪」は、現在の無機的・観念的な「2進法」の世界観であり、ひたすらに作者を追いつめ、同じ世界観を強制する「輪」として描かれていることがわかります。「嘘つきな数字」は、私たちの存在の根っことは無縁の空虚なゲームを繰り広げながら、私たちをそのゲームの中でしか生きられないかのように囲い込んでいます。
 その世界観の「01の境界」に「沈んでく記憶」「空の色」へと身を焦がす作者の飢渇感が、逆説的に青々と匂い立つみずみずしさに、この作品のしなやかな魅力があります。
 彼女は、本物の空の色を、身体の奥深くで知っているのです。
「まだ見ぬ空を 焦い願う」とありますが、「まだ見ぬ」のはたかだか個体史の記憶の中でのこと。三次元の生の周囲にひろがる身体の記憶は深く「空の色」を知っているからこそ、これほど怜悧な〈現在〉への批判が可能なのだと想わせる作品です。
 自分を囲む冷ややかでチープな世界観という「檻」の「南京錠」を、同じように小ざかしいわざで開けようとしても開きません。
 その「檻」が、実は「自分で作った剣の檻」であることまで覚知している作者は、〈自分〉という〈現在〉と闘っているのであり、自身の世界観が問われているのです。世界観が根底から塗り替えられなければ「檻」が開くことはないのです。
そういう世界観の鍵を握る「後ろの正面 立つ君」を当てられればこの檻から出られるのですが、その「君」の「目が見えない」。彼女が求めていた世界観を持つ「君」の目がまぶしすぎるのか、「君」につながる世界観へと踏み出すことに一抹のおびえがまとわりつくのか。
 でもこの「君の目」をきちんと見ることだけが、この世界でまっとうに生きてゆくよすがとなることを、彼女は全身で感じているようです。
絶対的な出会いを通して開かれるはずの世界への、震えるような憧憬が清冽な一篇です。
 
 かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭   寺山修司
 
「かくれんぼ」「鬼」といえば、この寺山の短歌が想い出されます。
「鬼」を解かれたい、という想いは先ほどの女子学生と同じですが、寺山を「鬼」のままさまよわせ、老いさせた「村」は、近代によってひび割れつつも土俗的で濃密な「血肉」の匂いを放っています。「鬼(寺山)」と「村(故郷)」は表層では互いに侮辱し合い、排除し合っていますが、その暗部では深く惹きつけあっていることの恍惚とした不毛が、寺山を戦後の前衛的表現の旗手たらしめたのだということを、この一首もまた強く印象づけます。
 この「故郷」との距離感が「母」との距離感となって寺山を拘束し続け、寺山もまた自らその拘束に身を投じることで倒錯的な表現の炎を燃え立たせるという、痛々しくもあざといダンディズム。過剰な生き難さにとらわれた表現者は、ともすればこのようなダンディズムに陶酔しているうちに自らを焼き滅ぼしてしまうのですが、〈現在〉の若者の無意識は、この寺山の不毛の場所を超え始めていることに、私たちは気づき、畏れ、はげまされてよいのだとおもいます。
「まだ見ぬ空」は、2進法の世界と暗部で密通するものではなく、その「檻」が己れの身体を通して融解されるならば、そこには、確かに知っている懐かしくも新鮮な世界の空がひろがっているのだと、女子学生の詩は告げています。
 
「詩を描く」の授業を好評のうちに終えることができ、たくさんのすぐれた表現に出会えたことは、私にとってなにごとかであり、この世界にとってもなにごとかであったのだと想われてなりません。




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